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福岡高等裁判所 昭和58年(ネ)705号 判決 1987年5月27日

控訴人(選定当事者)

平修

右訴訟代理人弁護士

中村達

中村尚達

金子寛道

被控訴人

鍵山木材有限会社

右代表者代表取締役

鍵山達雄

右訴訟代理人弁護士

峯満

主文

控訴人の当審における新請求を棄却する。

当審における新請求に関する訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、当審において訴えを変更したうえ、「一、被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録記載の各土地につき、別紙共有持分目録選定者欄記載の各選定者らに対する同目録共有持分欄記載の共有持分について、昭和五〇年八月二日贈与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。二、訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次のとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

原判決二枚目表七行目の「先代社長鍵山朝喜」を「前代表者鍵山朝喜」と改め、同枚目裏四行目の「譲渡」の前に「無償で」を、同行目の「約した」の次に「(以下、本件譲渡契約という。)」をそれぞれ加え、同一一行目の「前記約定」を「右譲渡契約」と、同三枚目表六行目から七行目の「昭和五六年一〇月五日」を「昭和六〇年九月二五日の当審第九回口頭弁論期日において」とそれぞれ改め、同七行目の「譲渡を受ける土地として」の次に「被控訴人が本件区画整理事業により取得した」を加え、同八行目の「選択し」から同一一行目末尾までを「別紙従前地目録記載の各従前地の一割に相当する面積比による共有持分に応じて選択する旨の意思表示をした。その結果、控訴人らは、本件土地につき、別紙共有持分目録記載のとおりの共有持分を取得するに至つた。」と改め、同一二行目の「請求の趣旨」の前に「本件土地につき」を加え、同一三行目の「記載の判決」を「第一項記載の所有権移転登記手続」と改め、同枚目裏六行目から七行目の「内容証明郵便の受領は認め、その余は争う。」を「被控訴人が本件土地区画整理事業により本件土地を取得したこと、控訴人主張の意思表示があつたことは認めるが、控訴人らが本件土地につき主張の共有持分を取得したことは否認する。」と、同九行目の「甲第一号証の念書の契約(以下本件契約という)は」を「本件譲渡契約は」と、同五枚目裏一行目の「仮に、本件契約が有効としても、本件契約は」を「仮に、本件譲渡契約が有効であるとしても、右契約は、控訴人らが、本件換地処分の過程において、控訴人らの従前地の一割に相当する面積分を、当時公表されていた換地率四二ないし四三パーセントに上乗せして換地処分を受けているから、事実上」と、同六行目から七行目の「四〇ないし四二」を「四二ないし四三」とそれぞれ改め、同六枚目表一三行目、同枚目裏二行目をいずれも削り、同三行目から六行目までを「平修、平ミエ、平将子、平文雄、平末男、平昭徳、平将光、山下幸子五九・五パーセント」と改め、同七行目の「換地率は」の次に「未利用地(崖地、斜面、のり面などの不整形地)を考慮すると、」を加え、同行目の「四五・〇五」を「四一・七七」と改め、同七枚目表九行目の「本件」の次に「譲渡」を、同一〇行目の「選択権」の次に「行使」をそれぞれ加え、同一四枚目の物件目録を別紙物件目録及び別紙図面に、同一五枚目から同一六枚目の選定者目録を別紙選定者目録にそれぞれ改める。

(控訴人の補充主張)

1  抗弁1に対するもの

土地区画整理事業が、地方公共団体や行政庁などの公共機関によつて施行されるときと異なり、個人や組合など民間の私人によつて施行されるときは、往往にして経済的利益の追求がその動機となつていることが多いが、当該事業が土地区画整理法の目的及び手続に適合して実施される限り、たとえ経済的利益の追及をその動機とするものであつても、適法であるところ、本件区画整理事業は、当初計画された個人的な宅地開発の損害を回復せんがために施行されたものであるが結局のところ右目的及び手続に適合して施行されたものでもとより適法である。したがつて、控訴人らが、土地区画整理組合の設立に同意する対価として、被控訴人との間において、本件区画整理事業の手続外で、被控訴人が右事業の完遂によつて取得する利益の一部を要求し、これを譲り受ける旨約したとしても何ら右事業の公平、平等性を害するものではなく、このことは、右契約の締結時が事業の開始前であると開始後であると、また完了後であるとによつて影響を受けるものではない。

ところで、本件区画整理事業においては、土地区画整理法一八条の規定にもかかわらず、組合員一四一名全員の同意を得べき旨の行政指導がされたが、これは、控訴人らを含む不同意者のすべてが、施行区域内に農地を有し、これにつき農地法四条所定の転用許可を得なければならず、控訴人らの右同意は、右許可申請という面をも有していたからであり、本件譲渡契約は、右農地の転用許可に伴う控訴人らの有していた耕作権消滅の対価という面をも有するものなのである。

右のとおり、本件譲渡契約は、土地区画整理法一八条の同意に対する対価という形はとつているが、それは、あくまで控訴人らと被控訴人との私人間における自由取引の範ちゆうに入る合意であり、もとより公序良俗に反するものではない。

2  抗弁2に対するもの

抗弁第2項の主張は争う。

控訴人らは、控訴人らに対する換地率が四二ないし四三パーセントである旨の説明を受けたことはなく、却つて五七パーセント位である旨の説明を受けていたものである。また本件区画整理事業において未利用地なる土地が設けられたのは、右未利用地のうちに容易に宅地化することができる土地の存在することからすれば、被控訴人の利益を確保せんがためであり、したがつて右未利用地を除外して被控訴人の実質換地率が四一・七七パーセントにすぎないというのは牽強付会である。更に控訴人らの平均換地率は五八・九パーセントであるのに比し、他の一般組合員のそれは六四・六パーセント、被控訴人の換地率も容易に宅地化できる未利用地を含めると五七・六パーセントである。本件譲渡契約が履行ずみであるとの主張は到底認められない。

3  抗弁3に対するもの

抗弁第3項の主張は争う。

本件区画整理事業における換地は、本件換地処分によつて最終的に確定しているから、本件譲渡契約の履行期が到来していることは明らかである。

4  抗弁4に対するもの

抗弁第4項の主張は争う。

控訴人らは、本件土地を前記のとおりそれぞれ共有持分に応じて選択したのであるから、右主張は理由がない。

三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因第1、2項の事実(当事者の地位及び本件区画整理事業の経過概要)は当事者間に争いがない。

二そこで、以下、本件譲渡契約について検討する。

1  本件譲渡契約に関しては、昭和五〇年八月二日付で被控訴会社並びに先代社長及び鍵山清子から控訴人(選定当事者)平修、選定者伊藤茂幸、同丸野道治、同高比良クワ、訴外久保日吉、同宮辺忠男、同丸野栄次、同梅野貞子、同山口サキに宛てられた成立に争いのない甲第一号証(念書)が存在し、右念書には「今般米の山地区区画整理事業が実施せられるに当り、貴殿が換地指定者である区画整理組合から仮換地の指定を受けた場合、当社(同事業の計画者鍵山木材(有)代表取締役鍵山朝喜)は、貴殿の従前の土地の一割に相当する面積を当社が指定される換地の中から追加して提供する事を誓約します。」と記載されているところ、控訴人は、これを、被控訴会社が本件区画整理事業の換地処分によつて取得した土地の中から、控訴人らが所有していた従前地の一割に相当する面積の土地を無償で譲り受けることを約したものであると主張するのに対し、被控訴人は、これを控訴人らに対し当初提示していた換地率に控訴人ら所有の従前地の一割に相当する面積分を上乗せした換地率をもつて換地処分をすることを約したものであると主張するので、まず、この点につき判断する。

本件区画整理事業は、その遂行過程において後記認定のとおり組合設立認可に同意しない者が存在したところ、<証拠>によれば、被控訴会社は、昭和五一年一月、右不同意者のうち小森グループと呼ばれていたものに属する者に対してそれぞれの換地率を五七・六パーセント以上保障する旨及び同じく一ノ瀬グループと呼ばれていたものに属する者に対してそれぞれの換地率を五八パーセントぐらい保障する旨並びに右一ノ瀬グループの中心的人物であつた一ノ瀬直介に対しては別個にその換地率を七〇パーセント保障する旨いずれも換地処分手続の中で換地率を上乗せする旨約し、小森グループ及び一ノ瀬直介に対してはその旨の記載ある書面(甲第一四号証、同第二五号証)を作成していることが認められるのに対し、前記念書には、換地率を上乗せする旨の明確な記載がないうえ、当審証人伊藤茂幸(第一回)、同丸野道治の各証言によれば、被控訴会社は、本件譲渡契約締結後仮換地指定時までの間に、念書の名宛人になつている控訴人らに譲渡すべき土地の面積を僅かでも少なくするため右控訴人らの所有する従前地の一部を買い受けていること、控訴人らは他の二グループのように換地手続の中で換地率を上乗せすることは土地区画整理法上違法であるとしてことさらそのような方法を避けたことが認められ、右事実に<証拠>を勘案すれば、本件譲渡契約の内容は、被控訴会社が、本件区画整理事業の換地処分によつて取得する土地の中から、控訴人らが右事業の仮換地指定時に所有していた従前地の一割に相当する面積の土地を、換地処分後に控訴人らに譲渡するという趣旨であると解するのが相当であり、右認定に反する原審証人林田信之、当審証人向英俊の各証言は、前掲各証拠に照らすとたやすく信用できず、他に被控訴人の主張を認めるに足りる証拠はない。

2  そこで、次に、本件譲渡契約の効力について検討する。

(一)  前記争いのない事実に<証拠>によれば、本件譲渡契約締結に至る経緯並びに本件区画整理事業の経過として次の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

すなわち、本件区画整理事業の施行区域は、長崎市の南南西野母崎半島中部北海岸に位置する約二四万三〇〇〇平方メートルの面積を擁する丘陵地帯で、地区外西側を走る毛井首線道路沿いが住宅地になつているほか、公簿上約五〇パーセントを占める田畑はほぼ休耕状態で、その余は殆んど雑木林というものであつた。被控訴会社の先代社長鍵山朝喜は、昭和四五年一二月ころ、被控訴会社の事業の一環として、右地区の宅地開発に着手し、昭和四六年四月ころから本格的な土地買収に乗り出し、同年九月ころまでの間に右開発区域内の約七割に相当する土地を約三億円の費用を支出して買収したが、この段階で控訴人らをはじめ開発に反対する地主から買収が暗礁に乗り上げたうえ、会社運営にも行き詰りをきたしたため、右開発事業を土地区画整理法(以下、法ともいう。)に基づく開発事業に切り替えることとし、昭和四八年四月九日、地区内の土地所有者から法一八条所定の同意を得たとして、先代社長らが発起人となり、長崎県知事に対し、本件区画整理組合設立認可を申請した。ところが、右同意者の中には印鑑を偽造されて同意者とされた者があつたうえ、買収に応じなかつた地主の殆んどが施行区域内に農地を所有していたこともあつて、これら農地所有者については農地法四条所定の農地転用許可の前提となる許可申請という意味から、先代社長らは、長崎県知事から、施行区域内に土地を所有する者全員から右同意を得べき旨の行政指導を受け、右組合設立の認可を保留された。しかしながら、当時、被控訴会社は、前記のとおり土地買収費用として約三億円を支出していたほか、施行区域の測量及び土木設計を含む事業計画立案のため、かなりの費用を支出しており、もし本件区画整理事業が遂行できなくなると、被控訴会社の経営自体が危ぶまれるという窮地に立たされていたので右同意を取り付けるべく控訴人らを含む不同意者との交渉に入った。当時、右不同意者には、選定者伊藤茂幸を中心とする伊藤グループと呼ばれていたものに属する者八名、訴外小森義雄を中心とする小森グループと呼ばれていたものに属する者一一名及び一ノ瀬直介を中心とする一ノ瀬グループと呼ばれていたものに属する者四名と他にグループに属しない者七、八名が存在した。ところで、本件区画整理事業の当初計画では、事業施行後の地区における土地の用途とその比率は、公共用地が二六パーセント、民有地が四四・八パーセント、保留地が二九・二パーセントであり、民有地に関しては施行前の面積が一八万九一八七平方メートル、施行後の面積が一〇万八九二一平方メートルで、減歩率は四二・四パーセント(換地率五七・六パーセント)とされていたが、施行後の民有地の中には崖やのり面など不整形の土地で未利用地と呼ばれていた土地が約二万七〇〇〇平方メートル含まれていたことから、先代社長は、全組合員に対しては換地率を四二ないし四三パーセントと説明していたため、右三グループに属する者らはいずれも換地率が低すぎるとして、換地率を上げることを前記同意をするための条件として持ち出してきた。そこで先代社長は、昭和五〇年七月から八月にかけ、一ノ瀬グループ及び小森グループに属する者に対しそれぞれ前記認定のとおりの換地率を保障し、控訴人らに対しては前記認定のとおり本件譲渡契約を締結するなどして、前記不同意者を含む組合員全員から組合設立認可のための同意を得、ここに昭和五〇年九月二〇日組合設立認可を受け、同年一〇月八日開催の第一回総会において、先代社長が組合理事長に、選定者伊藤茂幸が副理事長に、訴外福田政利が事務局長に就任し、以降事業の遂行にあたり、昭和五一年一二月二〇日開催の第三回総会において仮換地計画を承認、昭和五五年一一月二四日開催の臨時総会において換地計画を承認、同月二七日から昭和五六年三月一二日までの間法八八条二項所定の換地計画の縦覧を経て、同月一七日換地計画の認可を受け、翌一八日換地処分を行い、同年四月上旬換地処分に伴う登記を経由、同年九月三〇日組合解散の総会を開催したが、同年一〇月七日選定者伊藤茂幸ら二三名から法一二五条二項に基づく監査請求があつたため組合解散の認可は下りていないものの、本件区画整理事業は事実上終息し、最終時における組合員数は一九三名、区域の地積約二五万一〇〇〇平方メートル、道路、公園等公共用地を除く土地区画数七一九区画(うち保留地数三〇〇区画その売却代金二七億円)というものであつた。

(二)  <証拠>によれば、前記三グループに属する者に対する仮換地及び換地率は別紙仮換地及び換地率表(一)、(二)、(三)記載のとおりであり、右三グループに属しない者に対する平均仮換地及び換地率は同表(四)記載のとおりであることが認められ、これによれば、控訴人、被控訴人提出のいずれの証拠資料によつても、選定者高比良クワ、訴外梅野貞子を含む伊藤グループに属する者に対する平均換地率は五九パーセントを超えており、小森グループ及び一ノ瀬グループに属する者に対する平均換地率に遜色はなく、右三グループに属しない者に対する平均換地率を上回るうえ、鍵山木材グループに対する換地率を未利用地のうち容易に宅地化できる土地を含めてもなお上回ることが認められる。

もつとも、前掲乙第三二号証の七によれば、右グループに属しない一般組合員のうちには換地率が一〇〇パーセントを超える者がいるが、<証拠>によれば、これは、施行区域内に居住していた者で一時退去した者や換地対象土地を買い取つて清算金を支払つた者や本来は施行区域外であつたがこれを拡大するため新たに組合に加入してもらつた者に対する優遇措置であつて、すべて理事会の承認を得たものであることが認められ、控訴人らに対する前記換地率の当否を判断するための対比事例とは必ずしもなり得ないものであるというべきである。

(三)  前記認定の事実に<証拠>によれば、本件区画整理事業には次のごとき特異性の存在することが認められる。

すなわち、本件区画整理事業は、被控訴会社の事業の一環としての宅地開発事業に端を発するものであつたが、土地買収が暗礁に乗り上げたため土地区画整理法に基づく開発事業に切り替えられたものであつたところ、当時、被控訴会社は施行区域内の約七割に相当する土地を約三億円を支出して買収(仮換地指定時には約八割に相当する土地を約五億円を支出して買収)していたため、右事業の遂行は社運をかけたものとなつており、勢い被控訴会社が中心となつて推進せざるを得ず、したがつて組合が設立されれば、当然先代社長が理事長に就任することが予想されていたが、このことは、当時の先代社長の地位、実力からすれば、本来公共的性格を有すべき本件区画整理事業を、先代社長においてある程度自由な裁量をもつて推進し得るということを意味する反面、組合員から右自由裁量の点を逆手に取られる余地があるということを意味し、事実、組合員の一部からは設立認可の同意を与える引換条件として換地率の上乗せ等を要求され、これに対して先代社長が個別折衝を行つたため、組合設立認可までに二年六か月という長期間を要したうえ、組合員に対する換地率が著しく不均衡なものとなつた。先代社長は、右換地率の上乗せ等の要求を、被控訴会社に対する換地率を下げることによつて賄わざるを得なかつたので、その損失を最小限に食い止めるため、仮換地処分の段階で、仮換地指定に不服を申し立てるおそれのある者から右仮換地指定に異議なき旨を記載した承諾書を徴して右不服申立てを封じたり、換地処分の段階では、保留地のほかに容易に宅地化できる約八五〇〇平方メートルの土地を含む約二万七〇〇〇平方メートルにも及ぶ未利用地なるものを作出してこれを被控訴会社に換地処分したり、また換地計画の縦覧の際、右換地計画案に異議を申し立てようとした控訴人に対して五〇〇万円を支払う旨を、選定者丸野道治に対して換地率を六三パーセント保障する旨をそれぞれ約束して右異議の申立てを思い止まらせたりし、更にこれら個別折衝等の事実が公になるのを防ぐため、理事会において、全組合員について作成された従前地の面積及び本換地の面積と指定街路番号の記載ある確定地積面積照応表を個個の組合員に対しその該当部分のみを示すにとどめ、全体としての公表を避けることを決定し、換地計画認可の前提となる総会においても、その旨の決議を強引に得るなど、土地区画整理法に基づく土地区画整理事業としてはおよそ考え難い行動をとつてきた。ところで、本件区画整理事業における先代社長ないし被控訴会社のかかる行動は、組合設立以来その副理事長であつた伊藤茂幸、事務局長であつた福田政利のよく知るところであり、むしろこれに協力してきたにもかかわらず、本件区画整理事業の最も重大な換地計画認可の前提となる総会開催を控えた昭和五五年一一月一七日ころ、右両名は、本件区画整理事業には不公平な点が多く、役員として責任を負い得ないとして辞意を表明し、右事業の完成が遅延することを懸念して、これが慰留を求める被控訴会社代表者(先代社長は昭和五四年一二月二四日急死し、当時、同人の弟鍵山達雄が被控訴会社代表者の地位を承継するとともに組合理事長に就任していた。)の弱みにつけ込み、同月二二日には前記未利用地のうち約半分にあたる一万平方メートルの土地を組合員間の換地の不公平を是正するため換地率の低い組合員に贈与する旨を約束させ、更に伊藤茂幸は、昭和五六年二月一日妻名義で被控訴会社所有の長崎市鶴見台二丁目八九番宅地三〇四・四二平方メートル、同所九〇番一宅地二一三・九〇平方メートル、同所九〇番二原野四六四平方メートルを代金二五〇万円で買い受ける旨の売買契約を締結させるなどしたため、現在、右契約の効力の有無など本件区画整理事業をめぐり、十数件にも及ぶ紛争が被控訴人との間に存在し、本件事件もその一つであつて、これら紛争は、本来ならば本件区画整理事業の違法無効として争われるべきものである。

(四)  ところで、土地区画整理事業は、健全な市街地の造成を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とするものであり、都市計画区域内の土地について、公共施設の整備改善及び宅地の利用の増進を図るため、土地区画整理法で定めるところに従つて行われる土地の区画形質の変更及び公共施設の新設又は変更に関する事業をいうのであり(法一条、二条)、もとより個人の経済的利益追及のためのものではない。そして施行者が土地区画整理組合である場合には、組合の設立についての行政庁の認可に始まり、事業遂行の手続、方法、内容、効果等に関し強い公法的規制が加えられているのであり、いつたん組合が設立されれば、施行地区内の土地所有権者等は、全員組合員とされ、法の規制のもとに多数決原理の支配する総会の決議に基づく理事の業務執行に従わざるを得ない立場におかれ、仮換地指定を経て、最終的には換地処分により自己の所有地の帰すうを強制的に定められるものである。したがつて、当然のことながら、土地区画整理事業については、その施行手続の適正、これを担保するための公開性及び施行内容の適正、公平、平等性が要請され、特に換地処分についてはいわゆる照応の原則(法八九条)が要請されており、これに反するいたずらな恣意、偏頗は許されないのである。

以上本件譲渡契約に至る経緯、本件区画整理事業の経過、右事業における組合員に対する換地率及び右事業の特異性として認定した諸事実を総合勘案すれば、本件譲渡契約の実質的な当事者は、組合と控訴人らであり、その内容は、控訴人らの実質換地率を上昇させるというものであり、したがつて、本来本件区画整理事業における換地処分手続に組み込まれて履行実現されなければならない性質のものであると解するのが相当であり、これに上記説示の土地区画整理事業の性質を勘案すれば、控訴人らは、本件土地区画整理事業の手続内では、他の組合員の犠牲において控訴人らが不当に利得することになるから到底許されない実質的増換地を受けることを目論んで本件譲渡契約を締結したものというべきであり、かかる目論みが強行法規である土地区画整理法の趣旨に反し、社会的に是認されないことは明らかである。

ところで、控訴人らは、本件譲渡契約は、法一八条の同意に対する対価というほかに、控訴人らが施行区域内に所有していた農地の転用許可に伴う耕作権消滅の対価という面をも有していたから、あくまで私人間の自由取引の範ちゆうに入るものであると主張する。確かに控訴人らの右同意が農地法四条所定の農地転用許可申請という側面を有していたことは前記2(一)で認定したところであり、したがつて、控訴人らが本件区画整理事業の施行によつて右農地の耕作権を失う結果になったということができるが、当該農地が右事業の施行区域に編入された以上、耕作権消滅の対価なるものが仮にあるとしても、それは組合に対して請求すべき筋合いのものであるから、右事実をもつて、本件譲渡契約を私的自治の範ちゆうに入る取引ということはできず、右主張は理由がない。

そうだとすれば、本件譲渡契約は、土地区画整理法の目的を潜脱する脱法行為として公序良俗に反する無効のものというべきである。

三してみれば、控訴人らの当審における新請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩田駿一 裁判官鍋山健 裁判官最上侃二)

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